つぶやき

嘘をつくことはなぜいけないことなのか|嘘は破滅への道なり

 

嘘をついてもばれなければいいと思うかもしれない。

ばれなければ、他人からの信用を失うことなく自分の体裁が保てる。あわよくば自分の評価が上がることすらあるだろう。

たとえ事実と違うことを言ったとしても、言葉の力で自分に都合よく物事をおさめることができる。言葉を使うのにお金はいらない。これほど便利なものはないと。

しかし、そうして、事実を常に捻じ曲げて、自分の都合のいいように言葉を操ることの手軽さを覚えてしまえば、それは麻薬のようにその人自身をいずれ蝕むことになる。

あなたは、嘘をついても誰にもばれないと思っているだろうか。

決してそんなことはない。

他でもないあなた自身にはばれているはずだ。

「あ、また嘘ついちゃった。ま、ばれてないみたいだし。いっか。」

これは一度では終わらない。

自分に嘘をつけばつくほど、嘘をつくことのハードルはより低くなり、嘘が多くなる。

そして、嘘を塗り固めるためにますます多くの嘘が必要になってくる。

そうして雪だるま式に拡大した嘘は、やがてあなた自身に刃を向け始める。

あなたは自分自身のことも信じられなくなる。つまり自信を失っていく。

自信というのは、自分との約束を誠実に守っていくことでようやく手に入れられるものだ。

朝6時に起きること。腕立て伏せを1日10回すること。5ページだけでも本を読むこと。ご飯は1杯だけですますこと。

なんでもいい。

どんな小さな約束でも日々コツコツと守る。その積み上げのなかで少しずつ芽生えていくものが自信だ。

嘘をつき、事実を歪め、自分への信頼を失った人間に約束など守れるはずがない。

何かの拍子で自分への約束を課したところで、

「約束を破ったところで誰にもばれてないし、ま、いっか。やーめた」

の連続。人生全体がおざなりで、中途半端になり、段々と生気を失っていくことになる。

タダほど高いものはないというが、嘘ほど後々高くつくものはない。

それは、あなたの生きる気力を段々と奪っていくからだ。

こんな説教じみたことをいう僕も過去に何度も軽薄な嘘をついた。そして、自分自身への信頼、自信を失い、だんだんと生きる活力がすり減っていった。

今はそれを取り返すプロセスでもある。

今度は逆のプロセス。

リハビリのつもりで、自分と小さな約束をして、それを誠実に守ることだ。

約束を破っても他人には分からない。分かったところで迷惑はかからない。

だけど、自分が一番傷つくことになると今は知っている。

針千本飲まされないために、今日もコツコツと誰にも分からない約束を果たすことにしよう。

嘘をつくことがいけないのは、他でもないあなた自身を傷つけることになるからだ。